7月10日〜7月19日

7月10日(金)

バイト終わり23時くらいに慎太が家に来て髪を切ってくれた。慎太は前から自分で髪を切っていて、それがいい感じだから頼んだけど本当にいい感じになった。今の髪型はかなり気に入っている。

 

7月11日(土)

国立映画アーカイブで小津の「和製喧嘩友達」「突貫小僧」「鏡獅子」「父ありき」を観た。「父ありき」はほとんど寝た。

 

そのまま実家に帰った。夕方に着いて犬の散歩をした。散歩中に帰り道の父と遭遇した。この日のアド街が馬喰町特集で父の会社が出るらしくてご飯を食べながらみんなで観た。父と母はその会社で出会ったので(母は結婚を機にその職場を辞めた)、母も馬喰町のことが分かるから2人で僕の知らない馬喰町トークをしていた。父の会社も紹介されて父は嬉しそうだった。馬喰町は問屋街ということを初めて知った。

 

7月12日(日)

午前中に起きれた。犬のララが母にトリミングされていた。家の周りを散歩して動画を撮った。一度帰って自転車に乗り、横戸→み春野→勝田台→こてはし台と馴染みの場所をひたすら走って動画を撮った。途中小雨が降ったり止んだりしていた。

 

コロナ渦になり父と母も家での時間が増えて部屋の整理をしたらしく、幼い頃の家族の写真や、幼稚園〜高校までの学校の文集やアルバムなど色々なものがダンボールにまとまっていたのでそれを色々見た。自分が幼い頃の写真は居間に飾られてる数枚しか見た事がなかったから、初めて見るものばかりだった。父と母が結婚して間もない写真から、兄、僕、妹と産まれてきて5人になるまでが年代順に整理されていて感動した。アーカイブはやっぱり素敵だと思う。

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夜に妹が帰ってきて4人でご飯を食べた。妹とNijiUとTWICEの動画を見たりした。妹は韓国のアイドルに詳しいので色々聞いたりした。日を跨いだくらいに尚生さんが誕生日だった事もあって電話した。メカスの詩を読んでくれて凄い良かった。2時間半くらい電話していて4時頃に寝た。

 

7月13日(月)

母と八千代緑が丘イオンに行って「千と千尋の神隠し」を観た。アーカイブに触れて、大事なものがこの先なくなることの寂しさについて考えてたから、凄く感動した。泣いた。世界に触れ続ける限り大丈夫だと思えた。

 

夜ご飯のときに父に、何で歴史小説を読み始めたか聞いたら、おじいちゃんに司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読めと勧められてそれから好きになったと聞いた。今は気が進まないけどいつか読もうと思う。

 

7月14日(火)

まだ見切れてない思い出の品々を見た。中学〜高校までに撮ったプリクラが出てきた。サッカー部で撮ったものが1番多くて、思わず洸留、雄也、悠斗に写真を撮ってグループLINEに送った。あの頃はmixiが流行っていてそのプロフィール画像にする為に撮ったりしたこともあったことを思い出した。

 

夜ご飯を食べた後、妹と母はNetflixのよく分からないドラマをスマホで一緒に観てた。

 

深夜にアルピーのdcgを1人で聴いた。実家で聞くのは初めてで変な感じがした。

 

7月15日(水)

夜ご飯を食べた後、妹のスマホTikTokを一緒に見た。妹は凄いスピードで画面をスワイプしたりダブルタップでイイネをしていた。妹的に面白くないものは直ぐにスワイプしていて、犬が映っているのは可愛いと言いながら必ずイイネをしていた。反応が素直に出ていて妹らしさを感じた。23時過ぎくらいに妹は寮に帰って行った。

 

7月16日(木)

雄也も丁度休みで帰省していたので勝田台の赤門で昼飯を食べた。焼肉は食べ放題じゃなくても十分だと思った。そのまま勝田台から久我山に帰ってきたのが16時くらいで17時からバイトだった。いつも実家に帰省してから久我山に戻るときは寂しさがあるけど、久我山も戻るべき場所だと思えていて、戻れることに少し嬉しくなった。友達のお陰だと思う。

 

7月17日(金)

バイト終わり23時くらいに慎太の家にタバコを吸いに行った。河野くんもバイトから帰っていて3人で3時くらいまで話した。

 

7月18日(土)

三宅唱佐々木敦が話している動画を観た。三宅唱が、映画監督を目指したきっかけをよく聞かれることがあるけど、その度にあの時あれを観て感動したからと言ってしまうことがあるけど、そうするとそうじゃない他の出来事を否定している可能性があるからいつも後悔するみたいなことを言っていた。僕も偶に人に映画を好きになったきっかけの作品を言うことがあるけど、たぶん積み重ねの結果をその作品に当てはめていたんだと思った。それまでの全ての出来事が映画を好きになった理由だと思う。

 

君に届け」を観た。凄く良かった。

 

7月19日(日)

夕方に慎太といつもの高井戸公園でサッカーをした。

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夜に留学していたときに寮が同じで知り合った、伊藤さん、藤原氏、まゆねえ、ななこさん、まほさんとリモート飲み会をした。2年ぶりぐらいに画面を通してだけど会えた。相変わらず藤原氏にいじられた。

 

 

 

 

 

『たいせつなきみ聞いて』

 


もし僕がこの世界から消えても

もしきみがこの世界から消えても


僕はきみを覚えてる

きみも僕を覚えてる


見えなくても見えているし

一緒にいなくても一緒にいる

愛はなくならないからね


だからなくしたものなんてないよ


手を離すのはこわくないよ

いつも何度でも

またきみと手を繋げるから


これはきみが教えてくれたんだ

ありがとう

Liebe

うちは3人兄妹で、2つ上に兄、真ん中に僕がいて、4つ下に妹がいる。今は兄妹3人とも家を出ていて、実家には父と母と犬2匹が住んでいる。妹は今年の春に就職をして職場の近くの寮に住み始めた。

 

僕は普段、兄と妹と殆ど連絡を取ることがないし、兄妹同士外で飲みに行ったり遊んだりすることはない。母から2人の話しを聞くことが多く、LINEで2人の近況が送られてきたり、僕だけ帰省したときなどに2人の話しを聞くことが多い。母は3人と連絡を取り合っていて、それぞれの出来事をまた個別に知らせてくれているのだと思う。1週間くらい前に母と電話したときに、妹が会社のリモート研修を寮で受けていたら昼休みに寝てしまい、同じ寮に住むまだ顔も知らない同僚が訪ねてきて起こされたという話しを聞いた。最近は昼休みに寝ないように散歩をしているらしい。兄は1ヶ月前くらいに鎌倉に引っ越して彼女と同棲を始めたと聞いた。兄が帰省していると母から今帰ってきてるよ、もしくは○日に帰ってくるよと毎回連絡が来て、それを聞いて合わせて僕も帰ろうかなとなったりして帰ることもある。何だか不思議な距離感だと思う。

 

僕は小さい頃は所謂お兄ちゃん子だった。外や家でも兄とずっと一緒にいて、どこに行くにも兄の後ろをくっついていた。僕が幼稚園に通い始めると、同じ園内にいても構って欲しいが為に、兄の教室まで行って兄がブロックで遊んでいるのを邪魔していたらしい。兄が友達と遊ぶところにもほとんど一緒にいて同い年の友達と遊ぶより、兄と兄の友達と遊ぶことの方が多かった。たぶん僕が勝手に付いて行っていたのだけれど、兄は嫌な顔はせず、兄の友達に可愛いがられるのも嬉しくてどこへ行くにも一緒だったと思う。僕は3歳から中学3年までラグビーをしていたのだけれど、自発的に始めた訳でなく、兄が隣に住むお兄ちゃんに誘われて始めて、それに僕もついて行っていたのがきっかけだった。

 

小学校のとき毎朝の登校は、近所に住む兄の同級生のエンドウくんとエリカちゃんと兄と一緒に登校していた。まず学校から1番離れているエリカちゃんが家に来て、そこからエンドウくんの家に寄り、4人で登校するという流れだった。兄が高学年に差し掛かると、女の子と一緒に登校するのが恥ずかしくなったのか、兄とエリカちゃんが話しいているのをほとんど見なくなり、エンドウくんが来ると、兄はエンドウくんとさっさと前の方を歩いて行ってしまうようになった。その後ろを僕とエリカちゃんはゆっくり歩いていて、まだ女の子と2人でいる恥ずかしさはない僕は兄はどうしたんだろうと思っていて、とりあえず当時はそういうことを“思春期”と呼び、兄は“思春期”に入ったのかと勝手に納得していた。そういう僕も4年生になったときに、エリカちゃんと一緒に登校するのは楽しいけど、同級生に見られたくないという気持ちも出てきて、校門を潜り昇降口が近づいてきた辺りで先行くねと1人で走って行くようになった。兄の卒業式のときに、卒業生一人一人が一言ずつメッセージを繋げていく“呼びかけ”というのがあり、兄の出番が来た瞬間に僕はそれまで堪えていたものが溢れて号泣したこともあった。僕が5年生になると妹が入学してきて、妹も一緒に登校してたかもしれないが、恥ずかしい気持ちからほとんど一緒に登校した記憶がなく1人で行っていた気がする。

 

兄が中学に上がったころから一緒にいることが少なくなった。風呂にも一緒に入らなくなったのもこの頃だと思う。それまで兄と僕が2人部屋で、妹は自分の部屋がたぶんなかったのだけれど、兄が1人部屋になり、僕と妹が同じ部屋になった。兄はテストで学年の20位以内に入れば携帯を買って貰えるという親との約束を果たして、携帯を持ち始めた。部活を始めたり、僕の知らない友達と遊びに行くようになり、帰ってきても自分の部屋にいることが増えた。その頃から兄の知らない部分が増えてきて、どんどん遠くに行ってしまった感覚になった。兄は自分に見せない部分が増え、それを僕も見たいけど見てはいけないと感じていた。その頃、兄と僕はプレステ2キングダムハーツにハマっていて、1人用のゲームだから1.2時間交代と決まっていて、兄がプレイしているときも僕は隣で見ていた。兄の時間が終わると僕の番になるのだけど、兄は自分が終わるとどっかに行ってしまうことが多かった。一緒に何かをすることが殆どなくなってしまったけど、ゲームを理由にすれば一緒にいれるし、僕は見てるほうが兄と一緒にいれるからそっちの方が楽しかった。

 

兄が高校に入ると家で話すことも殆どなくなった。僕も携帯を持ち始め、家にいるときは1人で何かをすることが増えたり、お互いが干渉せずに生活するようになった。兄は部活で遅くて、僕も部活や塾に行ったりで夜ご飯の時間も合わず、偶に一緒に食べるときも殆ど話すことはなかったと思う。僕は高校も兄と同じところへ進学したのだけれど、元々そこは志望校ではなくて、自分の内申点が高くないのと受験勉強をそこまで頑張っていなかったので、受験間近に志望校を変えて結果的に同じ高校へ行くことになった。兄はラグビー部に入っていて、弟が入学してくると兄はラグビー部の人達に話していたらしく、経験者の少ないラグビー部は是非入って欲しいということで、入学して直ぐにラグビー部の人達に囲まれて勧誘を受けたけど、僕はラグビーは中学までと決めていたのでサッカー部に入った。ラグビー部の友達から自然と兄の話しをされることもあって、兄は上手いとかカッコいいとかそういう話しを聞くのは何か嬉しかった。

 

兄は神奈川の大学に通い始め、大学2年のときに通うのが大変で学校の近くで1人暮らしを始めた。ここら辺の話しを僕は全く知らない。今まで一緒に住んでいたから、家にいなくとも友達と遊びに行ったとか部活だとか何となく知っていたけど、家を出て連絡も取らないとなると、何をしているか全く分からなくなった。環境デザインという学部に入り、よさこいサークルに精を出しているというのを母から聞いていた。僕は、兄は人前に出るのが苦手だと思っていたのでよさこい?と思っていた。それでも毎年夏によさこいの大会に出たりしていて、見に行った母が凄かったと言っていて、母からそういう兄の話しを聞くようになったのこの頃からだと思う。そのよさこいサークルは100人程の大所帯らしく、兄は3年次には副代表になったと聞いて兄のそういう姿が全く想像できなくて驚いた。そう聞いて見に行きたくなったが、兄のそういう姿を見るのが少し恥ずかしいのと、兄も僕に見られるのは恥ずかしいだろうと思っていて、僕も留学に行ったりでタイミングが合わず、結局1度も見に行くことはなかった。

 

最近になりようやく、兄とは実家に帰ったときにお酒を飲みながら話せるようになった。僕は兄について知らないことが増え、兄も同様に僕について知らないことが増えたと思う。お互いに恥ずかしさみたいのがまだあるけど、それでいいと思うし、また会って色々話せたらなと思う。鎌倉にも遊びに行きたい。兄の今の恋人や友人のことを知らないし、恋人に向ける笑顔や、友人に向ける笑顔を僕は見ることができない。それは妹も父も母も同じように。それでもみんなの家族に向ける顔が、僕の知らない大事な誰かに向ける顔と同じだと思える。

 

普段家族にカメラを向けるのは恥ずかしいけど、メルとララのお陰で家族の写真が増えてるよ。ありがとうね。またみんなでご飯食べようね。

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2020年6月2日

1週間くらい前に『映画クレヨンしんちゃん嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』を観た。励まされた。過去を含んだ今が未来へ向かっている実感があって、時間が繋ぎ止められた瞬間みたいのが分かった。感動した。

 

去年の秋か冬だったか忘れたが、村上春樹にハマり初期三部作を読んでいたときに、「時間」に対してネガティブな思考になってしまった。作中の「僕」が色々なものを失うので、「時間」の中に“失ったもの”が含まれていると感じたからだと思う。24年間生きてきて数え切れない程の人や物に触れてきたのに、全てを覚えていないことが悲しく思えた。いつだか友人とお酒を飲みながら話した内容も、昨日観た映画さえ全てを鮮明に思い出せない。近い記憶から遠い記憶まで過去の出来事に対して自分が記憶していることがあまりにも少ないということに、失ったと思ってしまい今の自分に自信を持てなかった。得てきたものより失ったものの方が多く感じた。

 

そんなことをその頃は考えていて、その事は分からないままになっていて少ししたら忘れていたが、しんちゃんを観たときにコレだと思った。大事にするのは“過去”の出来事ではなくて、“過去”に何かを感じた実感を思い出してる“今”が大事で、その“今”を大事にすることが“未来”を開く可能性だということ。つまり"今”は全てを含んでいて全てを繋げる可能性があると思った。

 

当たり前に記憶というのは虚構でしかないと気づいた。自分が頭の中で必死に映像をイメージしてみてもそれは実際の映像とは異なる。

 

それでも何度となく友人に何かを運ばれた実感があるし、そのイメージに今まで助けられていたと思い出せた。夕日を眺めて隣りにいない友人のことを考える。

失ったものなどないと思う。

 

バイトに行くときに見た夕日。

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嘘つきとイキりの虚構ラジオ

ここのところ曇りや雨が多くて洗濯物が溜まっていたのが、今日は晴れたので洗濯した。雨や曇りでも洗濯はできるが僕は晴れた日にしか洗濯はしたくない。下着のストックがなくなるギリギリまで晴れる日を待つ。もう寒くなるまで着ないであろうパーカーやヒートテックなどもまとめて洗った。

 

洗濯が終わるまでベランダに座りながらアルピーのラジオの傑作選をYouTubeで聴いていた。ここのところずっと聞いている。昨日というか今日の朝方(5:00くらい)に聞いたブラックサバンナの回が面白くて聴き直していたけど、2回目も声に出して笑った。平子が脚色を通り越して嘘のエピソードトークをするけどそれが面白いし、酒井ちゃんも初対面の人に失礼だけど土岐麻子さんも含めてみんな笑っていて最高だった。来週のD.C.GARAGEも楽しみだ。

 

 

昨日の話。夜に高校の友達の凪と電話した。凪は今は千葉の実家に住んでいるが、職場が千歳烏山なので偶に家に泊まりに来たり、散歩したりする。今はほとんどリモートワークになっているらしい。

彼は最近アルピーのラジオを聴き始めたらしく(僕が勧めた。僕は慎太に勧められた)、面白いと言っていて嬉しくなった。人に勧められたことを自分が良いと思って、それをまた人に勧めて、この連鎖を過去から続けてきた先端に文化があるのかなと今書いていて思った。今こう思ったのは保坂和志の『季節の記憶』を読んでいて、時間の話しや宇宙や世界の話しが出てきて、言語化することが難しいけどそういう観念的な話し?は僕は好きだと思ってその影響だと思う。

 

彼が急に、今日道でザリガニを見かけたというオチのない話しをしだして、そこからよく覚えてないけど何故か昔飼っていたカブトムシの話しになって、2人でラジオのノリみたいにお互いのカブトムシにまつわるエピソードを話したけど全く面白く話せないし面白く返せなくてお互いつまんないなって言い合うのが面白かった。気付いたら深夜2時を過ぎていたのでまたねと言って電話を切った。

 

スラムダンク

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高校生ぶりに読んだけど、初めて読んだあのときと同じように桜木花道に励まされた。桜木花道も僕たちと同じ世界に生きていると思わせてくれる。

 

 ストーリーには興味がない。ストーリー展開には。どう転んでいってもキャラクターにとって必然、自然というか、そういうものであればドラマになる。キャラクターさえ、人間がちゃんと描けていればどうしようが何もしまいがドラマになると思う。だから結果的にストーリーになったという考え。

井上雄彦

 

 と井上雄彦がインタビューで語っていた。ストーリーの為のキャラクターではなくて、キャラクターの為のストーリーというのは、人生もそうであることを肯定していると思う。生きのびるため、生きることを目的としてしまわないように生きるということ。

 

「生きのびる」という強制力から自由になっているものを見ると、心が吸い寄せられる

『はじめての短歌』穂村弘

 

穂村弘が言っていることが、桜木花道と『スラムダンク』という作品自体から僕が感じたことかもしれない。

 

自分の好きになった作品は、出てくるキャラクターが好きだし、彼らから何かを運ばれた実感があるし、何より彼らが生きていると感じる。そういう意味で、映画を観ることも小説を読むことも漫画を読むことも詩を読むことも、“人に出会うこと”と同じになると思っている。

 

スラムダンク』は山王戦の後突如終わるけれど、エンドロールの後も彼らがバスケをしていて生きている世界が想像できる。というよりしたい。

 

 

知らない人からの手紙

 

最近『ONE PIECE』が61巻まで無料公開していたのを知って読み返していた。友達から借りて読んだり、高校の部室に置いてあって読んでいたので懐かしい気持ちで読み始めた。エニエス・ロビー編が1番好きで、ロビンの過去の回想シーンで涙する。

 

すると前に読んだ好きな漫画を読み返したくなり『バクマン。』をメルカリで買って、久しぶりに読んだけどやはり良かった。兄貴が、「最近ジャンプで連載が始まった『バクマン。』ていうのがめっちゃ面白い」と言っていたのを未だ覚えている。連載始まったのが2008年らしいからもう12年前のことだ。

 

続いて『スラムダンク』も読み返したくなりメルカリで買っていて、昨日届いた。届いた紙袋の中に漫画と一緒に手紙が同封されていてそれがすごく嬉しかったのでここに掲載させて頂く。

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商品を買ったのだから形式的な文面で書かれているけど素直に嬉しかったし、ユーザー名だけど自分の名前が入っているところに少しドキッとした。パッと見たときに、少し丸みがある女子らしい字だなと思ったし、それと便箋が桜柄なのとそもそも名前がASAMIなので勝手に女性だと想像してしまったからかもしれない。ASAMIさんは他の人にもこれと同じように送っているかもしれないけど、これは単に形式的なメッセージではなくて、僕は誰かから誰かに何かを伝える、何かが伝わること自体が個人的な“手紙”だと呼べると思うので嬉しかった。こちらこそありがとうございます。

 

 

それと今週のアルピーのラジオが神回だった。